埋もれないように綴る

生きにくくてもなんとか生きること

ごく稀に湧いてくる創作意欲

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昨日はキツかった。けっこう落ち込んだ。やっぱりそうか!というお話だが、改めてわかるとツラくなるな。

 

自分が納得して完成させることと、職場での評価は大抵の場合一致しない。スローペースの私だし、企業ではとにかくスピード重視なので仕方ない。「急ぐ=慌てるではない」とわかってはいるが、私には「急ぐ=慌てる」となってしまう。「急ぐ=精度が劣る」になってしまう。

 

で、「早くしましょう」の指示が出るとプレッシャーがかかる。いや、日頃からスピードへのプレッシャーを人一倍感じているから、指摘があるとかなりこたえる。

 

ここからは、伸ばしてもたかが知れている。前回も書いたが、努力はヒトの何倍も要する。プレッシャーとの葛藤と闘いながら作業効率を上げることのツラさがかなりのストレスとなる。

 

どの職場でも言われ続けた。「丁寧でなくて良いから早くして」と。ただ、丁寧さを欠くとミスに繋がる。当たり前だが仕事上ミスはロスに繋がるから良くないに決まっている。

 

人一倍注意力を注がなければ、ミスを発生し易いから時間をかけなくてはならないのに。時間をかけるな、と。

 

当初から向いていない職場だとわかっていたが、この段階で、自分のいるべきトコロではないことが決定的となる。

 

但し、家賃が発生している以上、職を失う訳にはいかない。

 

こういう状況になると、ナゼかいつも創作意欲が湧いてくる。恐らく自分の在るべき姿を確立したいとか、自分に出来るなにかを探したくなるからなのだろう。

 

立体のものを創作するとか、描くとか。

 

結果、blogを綴り始める。

 

追い詰められている、、、いや、自分で追い詰めている時に起る衝動。

 

辛かった昨日から明けた今日、ふと目にした占いに「創作意欲に力をいれたりするのがおすすめ・・・のちのち周囲からの高い評価に繋がるでしょう」との内容があり、もう、どこかからのお告げとしか思えず、続けてblogを書いてみることにした。

 

そもそも、周囲からの高い評価が欲しいわけではなく、ひたすら穏やかに過ごせる環境が欲しいだけ。穏やかな環境を手にするべく、試行錯誤の毎日なのだ。

 

ものを綴りながら、唄を唄いながら、美味しいものを食べ、呑んで、美しいものを観て、温かいできごとにココロを揺さぶられながら生きてゆきたいと、そんな気持ちでblogを綴っている。

 

ひたすら穏やかさを求めて湧いてくる創作意欲。